SIerが優秀なPG(エンジニア)を積極的に採用する社会を想像してみる

もしSIerがまともなエンジニアリングの会社だったとしたらどんな仕事が考えられるか?SIerITゼネコンでなくてエンジニアリングの会社だったらということを書きましたが、ここではもっと踏み込んで「SIerが優秀なスーパーPGを高給で積極的に採用する社会」「SIerが正社員の技術力(コミュニケーション力、マネジメント力だけでなく)を重視しきちんと教育する社会」をちょっとした思考実験として考えてみたいと思います。もちろん、現状大手のSIerでは研究所のような部署があり、専門の教育を受けた優秀な人も働き場所がまったくないわけではないと思いますが、ブクマのコメントにあるように

研究開発的なところでまともなエンジニアリングしてるように見えるけど、現場に全く生かされない、っていう感じもある。

というのが実態ですよね。このことは現状の低価格競争に晒されている人月のビジネスモデルではある意味で当然のことであり、せっかくの優秀な人も現場のプロジェクトにべったり参加して、長期に渡って仕事したのでは採算が合わないのです。言うまでもなく人月モデルでは有能でも無能でも単価はほとんど差がありませんから。それで、自然と優秀な技術者は製品開発や標準化などプロジェクト横断で広く適用できるような仕事を担当させられることになります。ただ、もともと優秀で素質のある人でも現場から離れて研究だけしていると、残念ながら現場の感覚が身につかないというか、あまり現場で役に立たないようなスキルを身につけてしまうということが多いと思います。とくにそういう環境だといつまでたっても業務知識というかドメインモデリングする力がつかないですね。
ですので、ここではR&Dの部署で採用するということではなくて、開発の現場でバリバリ働くPGをSIerが高給で直接採用したらという前提で考えてみることにします。これはまったくあり得ないトンでもない世界の夢物語と思われる方も多いかもしれませんが、既にいろいろなところで指摘されているように優秀なPGの生産性は初心者の10倍以上も高いということは事実としてよく知られていて、外国では競うようにハイスキルのPGを高給で採用するのが常識ということを考えれば、まったくありえないということではありません。*1私としては、現状の日本のSIerがこういった発想にならないのは、どちらかというといわゆる「老害」というか、「PGはコードを書くだけの単純労働者」だから、できるだけ低単価で雇い、下請けなどで流動性を確保するのがよいと考えている経営者の思い込みに過ぎないところがあるのではと思います。仮に、SIerの経営者の頭がアメリカのCIOの発想に一夜にして変わったとしたらどうでしょう?
「正社員のPGを高給で雇ってしまったら流動性が低くて、無駄な固定費がかかる」
という意見は当然出てくると思います。でも、これもPGを単純作業労働者と考えていることによる思い込みの部分が大きいと思います。実際、現在ハイスキルのPGが不足することはあっても、余るという話は現場ではあまり聞きません。百歩譲って、そういう状況に陥っても、優秀なら製品開発に回すとか、教育を担当させるとかいくらでも仕事は与えられそうです。また、日本では正社員の保護からもし高給で雇ったPGのパフォーマンスが期待に反して低くても簡単に解雇できないという問題はありますが、少なくとも降格とか減給というのは可能ではないでしょうか?
もともと大手SIerはユーザー企業や公共団体からプライムで案件を取得できるブランド力や営業力があります。だから、一括で受注したら後は内部をどのようなプロセスで作っても文句は言われないでしょう。もし、プロパー*2の優秀なPGが確保できるのだったら、Excelの詳細設計書作成に時間を割くような無駄はしないので、効率は大幅に上がります。だから、従来の手法ならトータルで10億かかる案件を半額の5億で受注して、実際は7000万くらいの原価で作成するというようなちょっとぼったくりのようなモデルも考えられなくはありません。
この議論に対して出てきそうな反論は、いくら優秀なPGでも何十億もかかるような大規模な案件はアジャイルではできないから結局大量のドキュメントを作成してきちんとウォーターフォール開発しなければならないということです。しかし、優秀なPGは当然アーキテクトでもあるのですから、そもそも大規模なシステムを一枚岩の構造で作るというような過ちは絶対犯しません。小さなチームで作業できるようなサービスやコンポーネントの単位に分割し、それぞれがアジャイルで作業できるようにすれば、リスクも減るし、効率性も損なわれないでしょう。
顧客が大量のドキュメント作成を要求してきたらどうするのだ*3という意見があるかもしれません。また、ある程度は保守や2次開発のために、ドキュメント作成が必要です。私はこういう時こそアウトソースの出番だと思います。優秀なPGが口伝とメモ書きで要点を伝えて、文書作成の専門業者にExcelやWordで清書してもらえばよいと思います。そのような単純作業をわざわざ高給取りのSEが担当するものではないと思います。
最後に、もし、優秀なPGが本当に高品質のシステムを作ってしまい長期に渡って機能拡張も容易にできてしまったら作り直しなどの機会も減ってしまい、儲からないから自分の首を締めるのではという反論があるかと思います。従来の人月ビジネスモデルの欠点なのだと思いますが、そこは、長期に渡って使われ続ける程儲かるモデルを考えればよいと思います。保守料やライセンス料を取るとか、実行基盤を貸し出して使用料をとるなどいくらでもあるかと思います。
このようにSIerでは優秀なPGは不要であるという思い込みをやめたら結構いい仕事ができそうなのですけれどね。必ずしもアメリカのようにSIerを無くして、ユーザー企業が直接PGを雇うというモデルにしなくてもよいということです。SIerで上流のコンサルタントをやっている方は、「いかに業務を効率化して、収益を上げるか」という分析が専門のはずです。まずは、自分の会社の非効率をAsIsモデルとして分析し、より効率的なやり方をToBeモデルとして検討していただきたいものです。そうすれば、PGスキルをもっと重視すべきという議論が出てこないものでしょうか?

*1:PG一人の生産性が10倍高ければ、単純に10分の1の工数で済むかというとコミュニケーションパスの減少効果により実際はもっと生産性の開きは大きくなります。

*2:SI業界では下請けに対する正社員を意味する言葉。本来は生え抜きの社員という意味らしいが。

*3:SIerの常識に反して意外に無駄なドキュメントは不要と考えているユーザー企業もあるかもしれません。