私は「自分の職業はSEです」と名乗るのがちょっと恥ずかしい

ITproの記事に以下のようなものがありました。
「SE」は和製英語にあらず | 日経 xTECH(クロステック)
その記事ではSystems Engineerという職業はアメリカでも存在するから和製英語と呼ぶのは間違っていると主張しています。確かに、Systems Engineerという職業はアメリカにおいてトップ100に入るような人気職種となっているようなので、SEという用語自体はれっきとした英語でありそのような職業がアメリカにも存在するということは間違いないようです。
Best Jobs in America 2010 - Top 100: Systems Engineer - Money Magazine on CNNMoney.com
コメント欄を見るとアメリカでもSEの指す仕事内容の理解についてはあいまいなところがある(より広義ではITやソフトウェアにかかわらない仕事も含む)ようですが、一応定義としては

  • 業務プロセスの分析、改善
  • システム統合の検討
  • 大規模なシステム化の検討
  • パッケージ製品の適用の検討
  • 大規模プロジェクトの管理

などの仕事が中心となっています。日本の業界で言うと、ITコンサルタントITアーキテクト、ビジネスアナリシスト、PM(大規模プロジェクトの)などの仕事に関係した仕事であると理解できます。また、学歴としても最低でも情報技術や計算機科学の理系の学士号が必須となっています。
一方、日本のSI業界で大部分SEと呼ばれている人たちの仕事を考えると

  • 顧客に対する御用聞き
  • 下請けの人員調達や計画の管理
  • ExcelVisioを使った外部設計(画面設計、テーブル設計)
  • テストケースの作成、テスト打鍵
  • システムの文書化
  • PGの上位職としてプログラムの詳細設計書を書く
  • システムの管理、運用(カスタマーエンジニア=CEにも区分される)
  • 実際はPGと変わらない仕事内容だが単価の関係でSEと名乗る

などの仕事が大半を占めているのが現状です。こういった仕事はアメリカではSEとは呼ばれることはなく、ドキュメントライターとかテストエンジニアとか別の名前で呼ばれるのだと理解しています。
もちろん、アメリカ的な意味でのSEに属する仕事を担当している一握りの人もいますが、そういう上級職は最近ではあえてSEと呼ばない傾向が高くなってきていると思います。(もっと単価の高いコンサル、アーキテクト、PMという呼ばれ方をする)
そういう事情を考えると、SEという職業名は広義で和製英語であるといってよいと考えます。実際、和製英語 - Wikipediaでも、

英語の語句を原義とは異なる意味で使用しているものや、動詞であるものを名詞の如く扱って単語を組み合わせているもの、さらには、日本語的に略して発音しているものや、もともとの英語を日本独自の発音で言い習わしているものも含めて、広義の和製英語に含めることがある。これらはしばしば「誤用」とされる。

と書かれています。たとえば、「マンション」という単語(mansion)はアメリカでは大邸宅やお屋敷を指す用語であり、日本のような共同の分譲住宅の建物を指すことはありません。ディズニーランドにホーンテッドマンションというお化け屋敷がありますが、ああいうイメージの建物を意味します。また、「セレブ」という単語(celebrity)は英語では有名人を指す言葉ですが、日本では有名かどうかによらず成金や大金持ちの意味にも使われています。このように誤用からまったく違う意味で使われている英単語はやはり和製英語といってよいと思います。
ちなみに、SEという職業はPGの上位にくる職であり、PGは下級職であるという考え方もアメリカではまったく通用しません。*1アメリカではSEとPGはそもそも対象とする分野がまったく異なる領域の専門家である*2とされていますし、PGを何年か経験したらSEになるというのも一般的ではないと思います。なお、日本的な意味での外部設計や内部設計を行うようなSEの仕事は大部分Software Developerの仕事であり、ほとんどの場合この仕事はプログラミングをする人たちが担当しているのですから、日本的な用語でいえば、「PGが外部設計から、プログラミング、テストのような(日本の意味での)SEの仕事まで行う」というのが実情に近いと考えています。
日本では、本を書いているような発言力・影響力のある人までもがこの日本独自のSEの定義にこだわり続けているようです。
「SE」という言葉は「プロ野球選手」と同じだ | 日経 xTECH(クロステック)*3
日本的ガラパゴス状態が常に悪いというわけではないと思いますが、IT技術は進歩の早い分野ですし、今後はオフショア開発、OSSクラウドなど国境がどんどんあいまいになっていく時代ですから、やはり用語定義としては誤解を避けるためにもグローバルなスタンダードを取り入れていくべきなのではないかと思います。そのためには私はSEという日本独自の用語(そういう意味だとPGもコーダーという日本独特の意味では和製英語ですが)をそろそろ廃止するか、本来の意味にきちんと修正して使うべき時期に来ていると思います。和製英語としてのSEという言葉はPGの対義語として利用されることで最重要の工程の一つであるプログラミング工程を付加価値の低い単純労働として捉え、プログラマーの社会的地位を大きく低下させる原因の一つにもなっています。その上、外部設計以降の比較的下流の工程を担当するSEなど、本来はプログラミングなど実装技術に関する知識が必須であるにもかかわらず、プログラミング工程を軽視してまともな技術の勉強をおろそかにするようなSEを大量に生み出す原因ともなっていると考えます。
こうしたことから私はSEという言葉が好きではありません。なんだか、日本におけるSEという職業名は老害の蔓延した業界の有様を象徴しているようでもあり、そのような肩書きを持つこと自体が技術者としては時代に取り残されているようで、なんとなく恥ずかしいことのように感じてしまうのです。したがって、私自身は会社からはSEという職位を与えられてはいますが、プログラマー、アーキテクト、コンサルタントなどの用語を利用し、SEという言葉は自分自身ではあまり使わないようにしています。
近い将来SEという職業名が死語になるかどうかはわかりませんが、とにかく今後は「プログラミング=下流*4=付加価値が低い仕事」という時代遅れの古い考え方を一刻も早く無くしていくことが業界の健全な発展のためには大切だと思います。

*1:もちろん私自身はアメリカで仕事をした経験が今のところありませんが、システム開発に関する洋書でSystems Engineerという単語が日本的な意味で使われているのを見た記憶がありません。

*2:アメリカ的な意味のSEとPGの役割分担をあえて自動車の製造にたとえると、SEはマーケティング調査や車台の流用検討、デザイン、全体的な製造コストの見積もり、製造計画といった部分に相当し、PGはエンジンや電子部品など各パーツの設計から、プロトタイピング、組み立て試験までを行う技術者ということになると思います。(一方、工場の製造ラインはコンパイラーやビルドシステムに相当。)どちらが上位というものではありませんし、PGからSEへの仕事の変更はまったく別分野への転職に匹敵するものと思われます。

*3:ただし、この記事ではPGや下流工程を軽視している点を除くと外国のSEの定義にできるだけ近づこうとしているように思われるので一般的な日本独自のSEの定義にこだわり続けているというのはちょっと違うかもしれませんが。

*4:本来、ウォーターフォール開発プロセスにおける上流工程、下流工程には単に工程の前後関係しかないはずだが、意識的にあるいは無意識のうちに上流階級、下流階級の意味と取り違えて考える人が多いのも問題だと思う。この用語の響きにより下流工程を担当するPGは、実際の作業内容を理解しない人々から下等な職業であると誤解されて認識されてしまう傾向がある。